若い世代に、大切なメッセージをどう伝えていくか──。教会の牧師と学校の教職員が同じテーブルを囲み、この問いを共に考える一日があります。2026年7月1日、聖学院大学のチャペルで『2026年度 教会と聖学院との懇談会』が開催されました。全国から諸教会の牧師・教会関係者と、聖学院関係者、あわせて65名が集い、今年のテーマ『青年伝道について考える』のもと、講演と懇談の時を共にしました。
聖学院と全国の諸教会は、キリスト教主義学校としての営みを支え合う関係を長年築いてきました。『教会と聖学院との懇談会』は、その関係を毎年一度、対面で確認し合い、共通の課題を語り合う場として続けられています。駒込キャンパス(幼・小・中・高)と、さいたま上尾キャンパス(大学・幼)を交互に会場としており、今年は大学での開催となりました。
聖学院は2023年に創立120周年を迎えました。『神を仰ぎ 人に仕う』の建学の精神に基づくキリスト教学校として、幼稚園から大学院までを擁する学院の歩みは、これまでも、そしてこれからも、諸教会との連携なしには成り立ちません。

『山々を行き巡るものの足は美しい』──イザヤ書を朗読する開会礼拝
プログラムは開会礼拝から始まりました。司会・奨励を大学・人文学部チャプレンの柳田洋夫先生が担当し、旧約聖書イザヤ書52章7〜12節が朗読されます。「いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝えるものの足は」──有名なこの一節を、柳田先生は現代の私たちの姿と重ね合わせて語りかけました。
山々を行き巡るものの足が、実際に美しいということはないでしょう。泥とほこりにまみれ、傷だらけの、痛々しい足であったはずです。しかし、それでもなお、そのようなものの足は、ある意味において美しくもある。それは、平和を告げ、恵みの良い知らせを伝える足だからです。
(大学・人文学部チャプレン 柳田洋夫)
そして、日本の教会が置かれている今の状況にも率直に触れながら、こう続けます。「私たちの足が美しいかどうか以前に、そもそも足腰が立つかどうかを心配しなければならなくなってきました。しかし、私たちの伝道の営みは、すべての人が神の救いを仰ぐ、その時まで続くものです」。福音を伝える営みの困難さと、それでも続けていく意味とを、静かに、しかし力強く示す奨励となりました。

『教育とは、未来をつくる大切な営み』と語る田村綾子理事長
続いて、学校法人聖学院理事長の田村綾子先生(心理福祉学部教授)が挨拶に立ちました。田村理事長は、聖学院が幼稚園から大学院まで、幼子から社会人の学び直しまで、そして海外からの留学生まで、多様な人々が集う場となっていることに触れながら、教育の意義をこう語ります。
教育とは、未来をつくる大切な営みだと感じています。ここで学び、人との関わりの中で人格が形成され、世に出ていく。その方たちが、どのような社会を築いていくか──その土台を支えるのが教育です。
(学校法人聖学院理事長 田村綾子)
そのうえで、正解の見えにくい現代における聖書の意味についても言及がありました。「生成AIの進展によって、知識は簡単に入手できるようになりました。しかし、それが正しいのかどうかを見極める難しさは、以前にも増しています。そのような中で、キリスト教教育は常に、確かなものを示してくれると私は思っています。迷った時、悩んだ時に聖書を開き、その言葉に聴く。そして他者と語り合うことで、新しい発見や気づきが与えられる」。時代とともに技術は変化しても、一人ひとりが神様から与えられたかけがえのない存在であるという福音のメッセージを、若い世代にどう届けていくか。教会と学校がまだまだ手を携えてできることがあるはずだ──そう結ばれました。

『伝道の原点は、私たち自身の救いの喜び』と語る鈴木光牧師
続く講演は、日本基督教団勝田教会牧師で、本学講師も務める鈴木光先生。1980年生まれ、牧師家庭に育ち、アメリカ留学を経て牧師となり、本学ではキリスト教概論・キリスト教社会倫理を担当されています。テーマは「青年伝道について考える」。ご自身の著書『伝道のステップ1・2・3』(教団出版局)をベースに、90分にわたる密度の濃いお話でした。
鈴木先生はまず、ご自身の"救いの証し"から語り始めました。牧師家庭に育ちながらも、大学生になる頃にはすっかり傲慢になっていたこと。ある合宿で自分の姿に直面し、初めて本当の意味で神様の前に悔い改めたこと。そのとき、自分が確かに愛され、赦されているという実感が与えられた──この体験こそが、鈴木先生にとって「伝道のステップ0」の始まりだったといいます。
伝道を考える時、一番最初に思い巡らすべきことは、"あなたが救われたこと""私が救われたこと"だと思うんです。イエスが私のために死なれた、私が愛されている、私が救われている──その喜びが、私たちの伝える原点なんです。
(日本基督教団勝田教会牧師 鈴木光)
この"ステップ0"を土台に、講演は具体的な4つのステップへと展開していきます。ステップ1「イエスに出会う入り口」、ステップ2「関係を深めていく場」、ステップ3「信仰の決心へ導く」、ステップ4「弟子として育てる」。それぞれについて、鈴木先生ご自身の教会や、講師を務める大学での実践に基づいた、具体的な工夫が次々と共有されました。
たとえばステップ1「出会いの入り口」については、教会の看板の書き方一つが大きな鍵になるといいます。鈴木先生の教会の看板には、こう書かれているそうです。
「クリスチャンじゃない人、大歓迎」──そう書いてないと、教会に入ってはいけないと思っている人がほとんどなんです。私たちの側は「誰でもウェルカム」と思っていても、初めての人はそう思っていない。この驚愕の事実を、私たちは知らなければいけません。
(日本基督教団勝田教会牧師 鈴木光)
ステップ2「関係を深めていく場」で語られたのは、初めて礼拝に来た人の視点に徹底的に立つことの大切さでした。「初めて教会に来た人の印象は、その日の礼拝説教ではなく、7割が最初に出会った人で決まる」「初めて来た人にとって、礼拝は"次に何をされるのか分からない"怖い時間である」「新来者カードは、求道者にとってはむしろ恐怖の対象。だから私の教会では、答えても答えなくてもよいアンケートに変えました」──いずれも、教会に長く関わる人ほど気づきにくい"外側からの視点"を、鮮やかに言語化するエピソードでした。
大学での実践も紹介されました。鈴木先生は茨城キリスト教大学でも講師を務めており、キャンパス内の「リエゾンオフィス」を活用して、授業後に学生たちと軽食を囲みながら聖書を読む集いを続けているといいます。ほぼ全員がノンクリスチャンの学生たち。ある日、バイブルスタディで「あなたが幸せを感じる時はいつですか」と問いかけたところ、一人の学生が「この時間です」と答えたそうです。
さらに講演を貫いていたのは、鈴木先生が繰り返し強調された二つのメッセージでした。一つは「伝道は伴走者としての働きである」ということ。「救うのはイエス様であって、私たちが前に出ては邪魔になる。相手がイエス様と出会っていくプロセスに、静かに寄り添う存在であるべきなんです」。もう一つは「私たちの伝道はすでに勝利が決まっている働きである」ということ。プロセスの中で苦しいことがあっても、ゴールはイエスの勝利で決まっている──だからこそ、目先の結果に一喜一憂せず、忠実に、誠実に、一歩ずつ歩んでいけばよいのだと。
参加者からは、「モヤモヤしていたことに、霧が晴れたように道が示されました」「ぼんやり考えていたことを、はっきり言葉にしていただきました。自分の教会に持ち帰って共有したい」といった声が、後日のアンケートに数多く寄せられました。

6グループに分かれ、教会と学校を越えて分かち合う
講演の後は、参加者が6つのグループに分かれ、キャンパス内の各会場に移動してランチョン形式の懇談会が持たれました。お弁当を囲みながら、鈴木先生の講演を受けて、それぞれの教会・学院での取り組みや課題を分かち合う時間です。
各テーブルからは、教会学校での実践、留学生への言葉の壁への配慮、他教派の取り組みへの関心など、多様な視点が交わされました。「他の教会の方々といろいろな視点で分かち合えて、有意義でした」「留学生を受け入れ、居場所をつくることの大切さを知りました」──アンケートには、講演と並んで、この懇談の時間そのものが大きな学びの場となったことを示すコメントが並びました。
【参加者アンケート結果】(回答率63.1%/回答数41件)
■ 全体満足度 90%
(「とても満足」51%+「まあ満足」39%)
■ 講演への満足度 82%
■ 参加者の内訳
初めての参加 31%/5回以上の継続参加 29%
行事後のアンケート(回答率63.1%)では、全体満足度について「とても満足」51%、「まあ満足」39%と、あわせて90%が肯定的評価を示しました。特に講演への満足度は82%にのぼります。また、参加者の内訳を見ると、初めての参加が31%、5回以上の継続参加者が29%と、新規と継続がほぼバランスよく集う場となっていることも特徴です。
キリスト教活動は、いま、社会の中で見えにくくなっているとしばしば語られます。しかし、この一日、聖学院大学のチャペルに集った65名の姿と、寄せられた声は、教会と学校が"青年伝道"という共通の課題に真剣に向き合い、共に知恵を出し合っていく歩みが、確かに続いていることを示していました。
田村理事長が挨拶の中で述べた「もっともっと手を携えて、共にやっていくことが、まだまだ探せるのではないか」という言葉、そして鈴木先生が講演の最後に語った「若者は若者を引き付ける。教派を超えて、若者同士が協力できる場を励ましていくことが大切だ」というメッセージ。この二つの言葉が、来年以降の懇談会の歩みへと、静かに橋を架けています。
若い世代に、確かなものを届けたい──その営みは、学院と諸教会の連携のもと、これからも続いていきます。次年度は駒込キャンパスでの開催が予定されています。